伊澤絵里奈|しぐさをなぞる

2017.06.17 Saturday

0

    伊澤絵里奈の写真に出会ったのはたしか4年ほど前、とあるポートフォリオ・レビューだった。壁に貼られた作品『うつろに、溶け込んで』を前知識なく見た時の感想は、「彼氏をちょっと遠くの位置から撮った写真」だった。そのあと本人と話して実は弟を撮った作品と知り驚く。デート中のようにおどける弟の姿にまじり、下着や腹毛(いわゆるギャランドゥ)まで写された写真から感じられる被写体と撮影者の距離感は、私が抱く姉と弟との間のそれよりも明らかに近かった。しかし同時にこの作品が「姉と弟の異常な関係」というスキャンダラスな告白を売りにする安易な作品でないことも明白だった。「弟が本当に大好きなのですが、友達には弟と仲が良すぎるといわれる。けど自分ではよく分からない。」伊澤はその時こう話してくれた。この日以降私は、弟以上、彼氏未満の距離感とはなんなのか、そもそも家族との正しい距離感なんてあるのか?と考えるようになる。
     

    『うつろに、溶け込んで』


    それから数年が経ち、三宿SUNDAYで開催された伊澤の個展に出かけた。作品『そんな気がした』は、やはり弟が被写体だが、ここにもう一人の男が登場する。伊澤の恋人だ。前作までは姉と弟の間、すなわち同じ家族という閉じられた世界での、二人の直線的な距離感が提示されていたが、この作品では外部の人間である恋人との関係性が入りこむことになる。なにより「弟」「恋人」「私」という3点が座標上に登場した結果、より三者の距離感について比較できる構造になっていた。

     

    では恋人と弟との間で明確な距離の差が感じられたかというと、感想はNo。あえて弟と彼氏の写真を混ぜて発表した展示では、見る人はほとんど彼氏と弟の区別がつかなかったはずだ。唯一の違いといえば、恋人を撮ったものには露出した下半身の写真がセレクトされていた。しかしこれは逆説的に「私にとって彼氏と弟の違いは、性行為が存在するか否かぐらいしかない」ということを表していたと言える。

    『そんな気がした』

     

    そういえばSUNDAYの展示についてある写真家と話した時、彼はこう言った「伊澤さんのイメージ変わりました。弟や彼氏を撮ってはいるけど、基本的に自分にしか興味がないってことが写真から伝わってくる。あれは恐ろしい。」念のためにいうと、伊澤絵里奈に会えば、彼女がとても思いやりがあり、常に他人を優先し、自分のことは別に構わないという性格だとすぐにわかる。しかし、こと写真において伊澤は誰よりも自分中心主義なのかもしれない。男2人と自分を線で結ぶことによって「私にとって好きという感情とはなにか?」という問いのヒントを浮かび上がらせようとしていたと思う。

    『しぐさをなぞる』


    性行為の存在を示準する写真以外に、彼氏と弟が写った写真に距離感の違いが感じられない理由の一つは、伊澤がこの2人の近しい存在の男を、多くの場合なにかの物陰越しやガラス越し、窓の反射など、indirect、間接的に撮影しているからだと思う。この遮蔽物と呼ぶにはあまりに頼りない「薄膜」とでも呼ぶべきものの重要性は、最新作『しぐさをなぞる』(金柑画廊)で過去作よりさらに強く表れている。作品中にはカーテンやビニール袋などが、あたかも作品のメインテーマのような割合でセレクトされている。(これは展示よりも今回製作された小冊子でより顕著だ)伊澤絵里奈にとって、他者との接触はごく近くに存在する弟であれ夫であれ(最近、かつての恋人とは夫婦になった)この薄膜越しの関係が心地よいのだと思う。薄い膜はあたかも細胞膜のように互いの身体を包む。そしてダイレクトに接触はせずとも、まるで浸透圧の作用により、無理なく色々な物質を交換することが可能だ。結果として近い距離にある者同士は均質化していくことになる。

    『しぐさをなぞる』


    今回の展示を見に行った時、鏡に写った上半身裸の人物が、顔と胸が不明瞭だったせいもあるが伊澤本人に見えたことがあった。実際は夫の写真ではあったのだが、恋人から夫という存在になり、以前より2人の均質化が進んでいるような印象を受けた。一方就職して社会人になった弟とは、最近距離感が変わってきたと感じているようだ。かつて自分と同じ薄膜をまとい、同じ世界にいた弟は、今では姉も知らない世界と接している。

    『しぐさをなぞる』


    伊澤絵里奈という一人の女性が、自分が抱く「好き」という感情を理解したい衝動から始まったパーソナルな作品が、もし伊澤と関係のない他人を惹きつけるとすれば、それは自己と他者との間に発生する愛情と、それに付随する薄膜の存在が、現代においてある種のリアリティを持っているからかもしれない。愛する対象と自己との距離は、べったり濃厚に密着する人もいれば、少し離れて、しずかに、そのしぐさをなぞるように愛でる場合もあるのだろう。

     

     

    伊澤絵里奈 Erina IZAWA
    「しぐさをなぞる」
    @金柑画廊
    http://www.kinkangallery.com/news/3436/
    2017.6.3.sat-7.2.sun
    12:00-19:00
    木・金・土・日・祝 開催